あ、着替えてる。

……姉さん。
…………。

姉さん！

あ、ライアーフ！

ごめんねー。遅くなっちゃって。皇宮見学申請書の記入欄があんなに山ほどあるなんて思わなかったから。

喋り方がいつもと違ってフランク。
いつもピシッとしてるナジュリスも、気の置けない身内にはこんな感じなのね。

……あのさ、姉さん。

ねぇ、どこかお買い物に行く？それとも、貴方の兵舎でごちそうでも作りましょうか？今、肩のリハビリも兼ねて姉さん、ケーキ作りを勉強しててね。ちょっとしたもんなのよ～。

肩のリハビリでケーキ作りだと…？
メレンゲとかホイップとかめちゃくちゃ泡立ててんのかな。

い、いいよ。それより、あのさ今日はちょっとお願いがあって……
ふふふ……。

わかってるわよ。誕生日プレゼントのことでしょう？だいじょうぶ。ちゃんと覚えてきたから！あの帽子、カッコいいじゃないの～。ちょっと値が張りそうだけど……。だいじょうぶ。名誉戦傷章を売れば、似たような生地なら買えるし。

ライアーフ何か話したそうなのに全然聞いてあげないな？

いや、ちがうんだ。姉さん。
気にしないで。あんなのいらないもの。姉さんが怪我したことを敵に教えるようなものだしね。

弟がいのししって言われるほど猪突猛進なの、血なのでは…？

姉さん、いいから聞いて！
なあに？どうしたの。

やっと聞く耳持ってくれたー！！！

あのさ……。たまたま所属部隊が同じになったけれどボクも姉さんも軍人なんだよ？こういうの、もう止めてほしいんだ。
こういうのって？

ボクのこと色々と世話やいたり面倒みようとしたりすることだよ。
……どうして？姉弟だもの。あたり前じゃない。

ボクだってもう立派な皇国兵の1人なんだ。子供扱いしないでほしいんだよ。

防衛隊一のトラブルメーカーって言われてたけど…。

……そ、そんなつもりじゃ……。……だって、母さんだって早くに亡くしてるし……。姉さん、ただちょっと心配なだけで……。

なるほど、過保護になりすぎてるんだ。

それは感謝してる。ボクも小さかったし、父さんは仕事ばかり。姉さんがいなきゃ、ボクは今ごろ……。

三人娘が噂してたタイラ教官はお父さんっぽいね。

でも、今は違う。それに、わかってないみたいだけど、ここでも、姉さんは有名人なんだよ。みんながボクを見るとき姉さんの面影を探したり、比較したりすることに、もう耐えられないんだ。

優秀な身内を持つ者の苦悩…。

ボクは天才射手ナジュリスの弟じゃなく、1人の優秀な軍人として認められたいんだよ！
ライアーフ……。

だから功を焦っていのししになってるのかしら。

……ねぇ、聞いて。ここは都会よ。口さがない人はいくらでもいる。だけど、気にすることなんてないわ。あなたは、どこに出しても恥ずかしくない私のかけがえのない、弟なんだもの……。

それじゃ嫌なんだよ。見ててほしいんだ。ボク、もうすぐ姉さんと肩を並べる軍人になるから！

ええ、ええきっとなれるわ。姉さん、信じてる。
やっぱり姉さんはわかってない……。でも、いいよ。今に……今にわかるから。

……ライアーフ？

息子を溺愛しすぎて逆に息子自身のことが見えていない母親のようだ。
ナジュリスの弟離れが必要だわ。

ナジュリス！こんなところでなにしてるの？
今日は、休暇で……。

それは残念だったね。非常呼集がかかったの。すぐに戻った方がいいわ。

なんてこった。休み返上かい。

そんな、今から私は帽子を作りに……。
隊長は特にあなたをご指名なのよ。特別な任務があるみたいね。

ライアーフ、あの……。
任務だろ？行きなよ、姉さん。姉さんの活躍で流される血が減るかもしれないんだ。

……うん、わかった。ライアーフ、後で話の続きを聞かせてね。
…………。

……姉さん。今日でお別れだよ。

えっ、死ぬの！？

変わるんだ。今までのボクとは、なにもかも……。

ええ？？

お別れ。そして変わる？
敵勢に寝返るの！！？？

どういうことよ！

……つまりその主戦派の「金色のゾーホーズー」は率いている部隊を勝手に動かし……独断専行で皇都に流れ込んでくる公算が大きい。

……そのような単独行動は通常ならば各個撃破し易くなるから我々にとっては歓迎すべきところなのだが……
……市壁の修復が終わっていない今は、時間を稼ぎたい。

あっ、また着替えてる。
これが将軍になる前の仕事着なのね。さっきのは私服か～。

……そのとおりだ。
……私、行きます。

待って！ナジュリス、あなたまだ肩が完全では……。
だいじょうぶです。もう、癒えました。……やれます！

泡立てリハビリの成果。

それは頼もしい。100ヤルム先のチゴーも射抜くというお前の腕だ。ゾーホーズーといえど、気づいたときにはあの世に旅立っていることだろう。

ヤルムってどんな単位？と調べたら、どうもヤードと同じではないかということ。

1ヤードは0.9144mに相当する。

らしいので、
100ヤルムは91.44m。

91m先のノミを射抜くってこと！？

いや、ノミといってもチゴーはボールくらいデカいけども、それにしたって
なんたることたる！！！！！

早速、参謀本部に上申してこよう。
待ってください……。

その結果を待っている間に敵部隊の位置を見失い、狙撃の機会を逃がすかもしれません。この街の人々を……皇都を危険にさらしたくはありません。

確かに。
時間が経つほど近づいてきちゃうだろうし。

しかし、それでは君の狙撃をバックアップする兵を動かせん。
構いません。1人の方が身軽ですし、敵に捕捉される可能性も減ります。

だが、私は上官としてそのような無謀な命令を部下には……。

隊長……私は休暇中でした。ピクニックに出かけたら、偶然トロールと遭遇してしまった……そうですね？

弓の腕前もさることながら、この判断力。
それは一目置かれるわ。

…………。

……よし。

ナジュリス、お前はワジャーム樹林北西部に向かい、ギワブ監視塔の配置につけ。もし、ゾーホーズーがその気なら、おそらく、そこを通過するだろう。
はい。

いいか。なにが起こるかわからん。危険を感じたら、無理せず、ただちに報告しろ。すぐに救援に向かえるよう、手筈は整えておく。
ありがとうございます。

ナジュリスは、直ちに現地に急行。他の者は、いつでも出動できるよう戦闘待機だ。

各々準備開始ね。

……ナジュリス。
はい。

お前の腕を信用しないわけではないがどうも嫌な予感がする……。

この手の予感って当たるやつやん。

……ついでだ。私も今から休暇をとることにしよう。
しかし……。

おおっ、いいぞ隊長！

ダルハブ、参謀本部への根回しを頼む。
了解です。お気をつけて……。

それからザルワン。お前、独り身だったな？
はい、隊長。

伝令が必要だ。お前もいっしょに来い。
よろこんで。

100m離れた所で待機だから危険も少ない…と思ったけど、独り身の人を選ぶってことはやっぱり相当危険なことなのね。

そりゃそうか、敵の大将を討ったとしても残りの戦力に居場所がバレてしまうわけだから……危険すぎるじゃないか！！
はやくバックアップ兵編成して！！！

……さあ、今から楽しいピクニックの時間だ。弁当がないのが、少々残念だがな。
……はい。次は準備しておきます。

ははは……。