そう、ミルシェラールが王錫を持って……
どこに行ったんだろう。
あぁ、あの子はまじめすぎるから!どうしたらいいのかしら……!
……。
普通に入室してきてるな!?
王立書庫に忍び込んで、私に関する資料を拾い読みしてきた。ロイドが申したことは確かであった。
警備しっかりしてー!!!
私は……あの後、命を落とすようだ……
えっ……?
我がカフュー家は建国以来の由緒正しき騎士の家系。故に、フェレナン公爵への使者として任命された。王が禅譲すると持ちかけた王錫を携え……。しかし、それは表向きの話。真の役目は隙をうかがい、フェレナン公爵を暗殺するというものだった。
今ごろ……といっても、昔のことかもしれぬが、私の属していた赤鹿隊は王錫を持って王都へ向かっているはずだ。そして私に代わり、誰かが暗殺を遂行するだろう。
オルデール鍾乳洞から出てきた時に王錫を持っていなかったから、過去に落としてきたってことだよね。
となれば騎士団の人がそれを持って、暗殺すべく行ってるはずだよね。
教えてくれ、冒険者とやら!私は過去の世界で何をした?なぜ王命に逆らってまで、自分の命をかけてまでフェレナン公爵を守らねばならんのだ?
う、うーん。
私は歴史知らないんだよなぁ。
でもあれじゃない?
今流行りの、「転生したら悪女だったので死亡フラグ回避するために知識生かして頑張ります」的なやつよ!
何が起こるか知ったんだから、公爵を助け且つ自分も生き延びる未来…過去?にできるでしょ!たぶん!
大変だ!神殿騎士団がミルシェラールの足取りを捕捉したらしい!
!!
いや、まだ捕まってはいない。きっとミルシェラールはあの約束を果たそうとオルデール鍾乳洞に向かったに違いない。
そんな……。それじゃあ自分から捕まりに行くようなもんじゃない!
お願いします!再びあなた方の力を貸してください!ミルシェラールの命を救うために!
……断る。
え?
なんでバストゥーク人の頼みを、この私が聞かなきゃならんのだ?
ちょっとあなた!まだそんなことを……
……ヴィジャルタールさんどうしてバストゥーク人をそんなに?
第2次コンシュタット会戦で、私の父上は卑劣な戦法で奴らに倒された!そして敵を討とうと国土防衛戦に参加した兄上は、無残な亡骸と化して戻ってきた!
バストゥークは我が国の敵だ!あの共和主義者どもが、私の大切な人をみんな殺したんだ!
それが戦争だもんなぁ。
だから嫌なんだよ。
両国の和平を願っていただと!?そんなのデタラメに決まっている!私は……いやヴィジャルタール・カフューは、バストゥークなんていっそのこと……
それはバストゥーク人も同じでしょ!
え……?
あなたも知ってるわよね?ほんの数十年前までは、我が国とバストゥークは、領土、資源、信仰、様々なものをめぐって争いを繰り返していたわ。
友人、家族、恋人、その度に、みんな大切な人々を失っていった。サンドリア人も、そしてバストゥーク人も……。
……。
おかしいと思わない?互いに憎しみあい、殺しあうなんて。同じアルタナの民同士だというのに……。
本当に憎むべきものは戦争よ。戦火に巻き込まれた人々じゃない。人間や国同士の戦いがない今のこの世の中を、私は心の底からありがたく思っているの。
……。
行きましょう。一刻も早くミルシェラールを助け出さないと、手遅れになるかもしれない。
それなら私も!
君はここにいてくれ。神殿騎士団が増援を送るかもしれないから、その時は時間稼ぎをしていてほしいんだ。
……分かった。
僕は一足先に出立します。お願いします、皆様もどうかラテーヌ高原のオルデール鍾乳洞入り口付近に来てください!あそこの兵たちを撒かねば……。
うん。
お願い、弟を助けて!
……あなたは不思議な方だ。
え?
私には残してきた恋人がいてな。……ナフュという。彼女が私に質問したことがある。
サンドリアとバストゥーク、どうして同じアルタナの民同士が憎しみあう必要があるのでしょう、とな。
……私たちはわけあって一昨年、共和国から亡命してきたのですけれど、あの国も、この国とそれほど違いはないのです。だって、同じ人間なんですから……。
フィヨンとミルシェラールはどうしてバストゥークに住んでたんだろう?
先祖が移住してたから、生まれた時からいたのかな。
昔はエルヴァーンがバストゥークに住むのは大変だったろうに。
エルヴァーン人を敵性種族として忌み嫌っている人もいれば、ロイドのように同じ人間として接してくれる優しい人もいた……。
時間を費やしてもいい。少しずつでも、すれ違いやわだかまりを解消し、互いの距離を縮め壁を崩していけば、きっといつか解りあえる時がくると思うんです。
きっとヴィジャルタールさんも……私とロイドのようにね。
かなり心に響いてそうな感じ。
この出会いがあったから、過去で公爵を救うことになったんだね。