そーれ、カッツーン。
バル貝の殻を手にいれた!
取ってきたよ。
まぁ、バル貝の殻!……これが絵画を依頼された方と奥様との思い出の品ね?
ああ、何か引っかかるわ。なにかしら、このモヤモヤとした感じ。わたし、どこかでこれと同じものを見たことがあるわ。
そんな一般的なものでもなさそうなのに、どこでだろう。
……ええ、そうよ!確かバストゥーク! 昔、バストゥークにいた頃ね、このバル貝の殻のペンダントをつけているご婦人がいらっしゃったわ。
そのご婦人は画家なのよ。休日はいつも旦那様と一緒にいらして、旦那様をモデルに絵を描いてらっしゃったの。
同業者だから印象深かったのね。
えぇ、とても幸せそうなご夫婦。旦那様はじっとしてらっしゃらない、落ち着きのない方でしたけど、そこは穏やかな奥様が上手くなだめてらっしゃったわ。
わたしの熱い絵への情熱をぶつけるにはちょっと物足りないですけれど、ああいうゆったりとした過ごし方も、素敵だわ。
老後は自然豊かな所でのんびり暮らしたい。
そうそう、それに、画家である奥様の色使いがとても美しいの!おもわず見惚れてしまうほどよ。本当に素晴らしかったわ。
そうね、何色って表現したら良いのかしら?単色なのですけれど、見る角度によって複雑、繊細に色を変える、このバル貝の殻のような……。
すごい。
次々と思い出してる。
……!……!!
ど、どした…?
似てる……似ているわ!資料として渡された似顔絵とバストゥークでお会いした画家の奥様……!
おっ、おおっ!
ということは、私がお会いした奥様と、これから肖像画に描く人物って同じ方なの……!?
りぃ、あなたのお友達に、連絡をとってみてちょうだい!
うん。
おお、これは……!おぬし、本当にバル貝の殻を見つけてきてくれたのか!
ヤーガウミガも掘りに行ったのね。
……うれしいのぅ。これを、再び手にする日が来ようとはな……。
……わしが、この商人に依頼した絵とは、死んだばあさんの肖像画なんじゃ。わしにはもったいない、……よく出来た妻じゃった。
アンジェリカ正解だよ。
……おぬしに探してもらったバル貝の殻はな、わしが昔、ばあさんにあげたものなんじゃ。
もうずいぶんと古い話になるか。2人で出かけた海岸で、わしはバル貝の殻を拾ってなぁ。綺麗だからと、何気なくばあさんに渡したんじゃが、喜んでのぅ。ずっと持っていたいからと、紐を通して、ペンダントにしてな。
なんとなくカキの殻みたいなの想像してたけど、もっとコロッと丸くて可愛いやつかもしれない…。
死ぬまでずっと身につけておった……。
何度かばあさんに、もっときちんとした宝石をプレゼントしようと思ったんじゃがばあさんは、このバル貝の殻がいいんだと言い張ってな。結局わしからばあさんへの贈り物は、そのバル貝の殻一つで、最初で最後になってしまったのぅ。
ばあさんは画家をしていてな。どこへ行くにも、キャンバスと絵の具を持っていくほど絵を描くことが好きじゃった。……休日は、わしもよく絵のモデルをやらされたのぅ。恥ずかしいから嫌だと言ったんじゃが……。
ばあさんは絵の具の色に、ずいぶんと凝っておってな。昔はよく絵の具の材料を探しに、あちこち旅行したもんじゃ。
ばあさんが作った中でも、特に気に入っておった絵の具はおぬしが探してくれた、このバル貝の殻のような色でな。光の加減によって色が変わるんじゃ。
ばあさんはそれを、秘伝の絵の具だと言って、それは大事にしておったのぅ。
……たった1人いなくなるだけで、ずいぶんと家は、静かになるもんじゃ。
わしの記憶が薄れないうちに妻の姿を何かにとどめておきたくなってな。そこにいる商人に、ばあさんの肖像画を注文したんじゃよ。
……つい喋りすぎてしまったな。
……悪いが、しばらく1人にしてくれんか……?
ディデリックもヤーガウミガもずっと黙って聞いてたのに、散々語られて追い返さえとる…!
…って事らしいよ。
やっぱり!思ったとおりだわ。さすがわたし。そうと判れば、もう肖像画のイメージは完璧よ!
下手な似顔絵だけで描くのと、見覚えのある人を描くのではすごく出来栄えに差がでるだろうね。
……そうね、せっかくだし、ぜひともあの奥様が使ってらした絵の具の色を再現したいわ。たしか乳白色の原石は、ええと……、ヤグードの城で手に入ると、お伺いした気がするんだけど……。詳しい場所までは思い出せないわ。
オズトロヤ城か。
さあ、一刻も早く乳白色の原石を取ってきてちょうだい。わたしのイメージが飛び立つ前に!
わかった。