炎熾す鎌 其の肆

あれ、誰かいる。

??? : ……ん!?

??? : なんだ、人違いか……そこのお前、私に何か用か?
りぃ いえ、そういう訳ではないような、実はそうなのかもしれないような…?

??? : ……ん?この香り……ハイドランジア?

紫陽花ってそんなに香ったっけ…?
ヴァナ・ディールの紫陽花は金木犀くらい香るのかしら。

??? : ……そうか。お前は、この間の……。他国の将軍のため罠と知りながら、舞い戻ってくるとはずいぶんと物好きな奴だな、お前は。

??? : いや……フフフ……意外と、似た者同士なのかもしれんな……

誰と?
まさかガダラルと?

??? : いいだろう。その心意気に免じて、私の正体を教えてやる。

シャイーハShayeeha 我が名はシャイーハ!かつて、東方諸国より悪鬼羅刹の群れと恐れられた、旧「魔滅隊」隊士のひとり。そして……ガダラル将軍の元部下だ!

なんと。
ルガジーンがガダラルをスカウトに来る前に一緒に戦ってたのね。

シャイーハShayeeha ……忘れもしない。あれも、今日と同じような澱んだ空気が頬にまとわりつく日だった……。東方の陣、深くまで攻め入ったガダラル総隊長率いる魔滅隊は数日間、破竹の快進撃を続けていた。

シャイーハShayeeha 私の率いる支隊も意気揚々、誇らしげに進軍していた。すべて、うまくいっている。皆がそう思っていた……

シャイーハShayeeha だが、あの夜だけは、やはり何かが違っていた。空気が……気配が重かったのだ……

なんだかあるよね、そういうことって。

シャイーハShayeeha その予感は、すぐに的中した。突然、草叢から聞こえた虚空を打つ音……。とっさに伏せた私の左脚に、矢が深々と突き立っていた。それが、すべての始まりだった……。

シャイーハShayeeha 奇襲をもくろみ、岨道を進んでいた100名程度の我が支隊を、敵はその数倍の兵力で、待ち伏せていたのだ。

ひえ。

シャイーハShayeeha ……理由は後でわかった。

シャイーハShayeeha 前日、情にほだされた私がある少年捕虜を逃がしたばかりに敵に作戦が筒抜けになっていたのだ。

わぁ…。

シャイーハShayeeha 進むことも退くこともできず犬死にしていく部下たちを……私は、ただ……ただ……

シャイーハShayeeha ……クソッなんて数だ……。
Shailham 隊長!我々が敵を引きつけます。どうか、その隙に脱出を!

どうしてガダラルと同じ顔なんだ。分かりにくい!
Shailhamって名前だから別人だよ。

シャイーハShayeeha 無理だ。私の足では、もう数歩も動けぬ。それに、なめるな。あの程度の烏、私ひとりで充分屠れる。貴様らこそ、その間に血路を開け!

Shailham ……ならばせめて、我々も共に! 魔滅隊の最期連中の語り草にしてやりましょう!
シャイーハShayeeha 馬鹿者!これは命令だ!貴様らは、足が折れるまで走り続けろ!

Shailham ……くっ。

シャイーハShayeeha 最後に命令違反を犯し栄光ある魔滅隊の名を汚すつもりか?行けッ!
Shailham ……は、はいっ。

シャイーハShayeeha ……。

シャイーハShayeeha くッ……!

シャイーハShayeeha はぁ……はぁ……せ、聖皇さまとやら……もし、あなたがほんとに神の末裔なら……あいつらを……どうか、あいつらを助けてやってくれ。

良くて相打ちか…!?

あっ!

一網打尽だぁ。

シャイーハShayeeha !!

シャイーハShayeeha ……ガダラル総隊長!?なぜここへ?こんな敵の懐の真っただ中で、隊長といえど、ただでは……

また部下を助けるためにひとりで突っ走ってきたんかい。

ガダラル がっかりだな。
シャイーハShayeeha ……なに?

ガダラル シケた面しやがって。ピンチの時ぁ、怒った顔か、笑った顔。どっちかしか兵には見せんなって、教えただろうが?

ガダラル お前のような無能は、我が隊には不要。即刻、解任する!

ここで!?

シャイーハShayeeha なんだと!?い、今は……作戦中。いくら、総隊長とはいえ、何の権利があって!
ガダラル それだ!作戦中に、部下が勝手に死ぬ権利なんざねぇんだよ!俺の隊ではなッ!!

ガダラル シャイーハ、敵に降れ。俺を手土産に亡命するんだ!
シャイーハShayeeha ……は!?

ええ??

シャイーハShayeeha な、なにを藪から棒に!冗談を言ってる状況では……
ガダラル あん?俺はいつだって本気だぜ?

ガダラル 多少なりとは、名の知れた、この俺サマの首だ。ケチな敵もちったぁ、色付けて買ってくれるだろ。

即処刑されない確信があるのかしら。
それとも逃げ出す自信が?

シャイーハShayeeha 断じて、お断りだ!隊長の首を盾に、生き長らえるなど……!

ガダラル ガタガタ、うるせぇ!いいか!こいつぁ、死中に活を求める作戦なんだ。伸るか反るか、同じ死ぬなら賭けてみやがれ!

ああ、このまま敵のど真ん中だと2人でも殺されて終わりだから、投降して可能性がある方に賭けるのか。

シャイーハShayeeha ……。

シャイーハShayeeha ……わかった。……ただし、降伏する以上どんな目に遭わされようと私に助けを乞うたりしないでくれ。
ガダラル フン、抜かせ。貴様こそ、敵にびびってボロだすなよ。

シャイーハShayeeha ……私が?まさか。聞くところでは、東方は皇国より実力主義とか。伸し上がって、客将になってやりましょう。
ガダラル ヘッ、大きくでやがったな。テング大将シャイーハってか!

ガダラル 悪くねぇ。ご祝儀に、俺がとびきり高価なハイドランジアを献上してやらぁ。
シャイーハShayeeha プッ……隊長が花?それは楽しみ……

シャイーハShayeeha !!(しっ、冗談はそれぐらいにして……奴らが近づいてきた……)

ガダラル ぐわぁぁぁぁぁっ!痛ててててっ!
シャイーハShayeeha !!

どうして抱き合ってるのかと思ったけど、弱ってる感を見せるためだったのか。

シャイーハShayeeha き……聞け!私は皇国軍魔滅隊、赤蠍支隊長シャイーハ・アファルード!

ガダラル、あまり痛そうな顔してないな!

シャイーハShayeeha 我もまた和を以て貴しとなす者!かねてより尊崇する大君に仕えんがため亡命を申請するものなり!
??? : 夷国の犬めが、片腹痛いわ!苦し紛れの然様な狂言、我らが信ずるとでも思うたか?

シャイーハShayeeha 嘘ではない。見よ!手土産に、貴公らが羅刹と呼ぶ魔滅隊ガダラル総隊長を連れてきた!
ガダラル 畜生がぁ!!!貴様ら全員、丸焼きにして喰らってやるッ!

??? : な、なんと……!?まことじゃ!まことの羅刹じゃ!!

このセリフで確証を得るとは。

シャイーハShayeeha ……ガダラル総隊長と話したのは、それが最後だった。

シャイーハShayeeha 東方の軍は、噂どおり、朋輩に優しくてな。驚くべきことに、敵将たちは私の狂言を信じ、半年後には、軍議の末席にすら加えてくれた。

そっ、それもそれで敵ながら大丈夫なのかと心配してしまう。

シャイーハShayeeha しかし、ガダラル総隊長のその後の処遇だけは、皆、堅く口を閉ざし誰も教えてくれなかった……

捕虜交換の最優先って言ってたから、この時のことかな。
すぐに助け出されたのかもね。

シャイーハShayeeha しばらく前に、私がテング兵物見隊を率いて皇都での諜報活動を指揮した時だ。ガダラル隊長の姿をお見かけしたのは……

シャイーハShayeeha 近ごろ、五蛇とやらの名は東方まで聞こえていたがまさか、そのひとりが隊長だったとは……

シャイーハShayeeha ……どうやら、来られたようだ。

シャイーハShayeeha これで、話は終わりだ。私が、なぜわざわざ西の都まで赴いているか、もうわかっただろう?アルザビ偵察はあくまで名目。本当の目的は、ガダラル隊長を将として我が軍にお迎えすることだ!

ええっ。

確かに羅刹が味方になれば敵の戦力ダウン、自軍の戦力アップで万々歳だろうけど。
ガダラルが寝返るとは思えない……あー、でも、アトルガンでの立場が悪くなってるから可能性はゼロではないのかなぁ。

シャイーハShayeeha 命が惜しくば……邪魔立てするなよ。
りぃ うん…。

私が口出しすることではないしね…。