王子の告白

ハルヴァー りぃか。嘆願書の類ならば、まず私が見よう。
りぃ ハルヴァー宛だよ。

ハルヴァー なんだこれは?手紙のようだが……あまりに悪筆すぎて私に宛てたものかどうかすら、わからんではないか。

やっぱりそうですよね。

ハルヴァー いや、ちょっと待て……このキャリオンワームのダンスの如き筆跡には確かに見覚えが……。

気づいた。

ハルヴァー この手紙をおまえに託した人物……この忌まわしき筆跡の主……

ハルヴァー この手紙を書いたのは、我が主、サンドリア王国第一王位継承者、トリオン・I・ドラギーユ様では?
りぃ そうだけどそうじゃない。

ライファルからだって言えって事だったし。

ハルヴァー ……なに?違うと申すか?

ハルヴァー この書状は、賢者ライファルが書かれたもの、と?しかし、この字はどうみても……

あれ?この偽名使ってるって知らないんだ?

ハルヴァー それが証拠に、長年トリオン様に仕えてきた私は、このような、あくひ……いや「タッピツ」であらせられても、解読……いやはやいや、ご推察することができるのだ。ちょっと待っておれ。

臣下の苦労が見て取れる。

ハルヴァー …………。

ハルヴァー ???

ハルヴァー マ・テキ?セソの風??争い???

ハルヴァー …………読めぬなぁ。
りぃ 読めないのかぁ。

ハルヴァー この手紙、トリオン様がしたためられたものに違いないというのに!いったい何が書いてあるのかが、さっぱりわからぬとは……。
りぃ ピエージェ王子に見てもらった方がいいんじゃない?

ピエージェ王子は何故かトリオン王子の字をスラスラと読めるらしいよ。

ラーアル ハルヴァー殿。何かお困りのようだが……。
ハルヴァー

ハルヴァー ラーアルか。おまえの手など借りずとも……

ラーアル そう邪険にされますな。あやしき書状が届いているとか?

耳が早い!

ハルヴァー な、なぜおまえがそのことを?
ラーアル それは、この者が……。

どちら様?

ラーアル 先日、トリオン様がご公務の書類も捨て置き……マネキンを身代わりに、深夜、城を抜け出された時……
ハルヴァー ……この間は、野ウサギだったな。

そんな方法で抜け出されたの…。

ラーアル 私は密かに、忍びの技を身につけた、このトラビアルスにトリオン様を追跡させたのですが……

ラーアル トラビアルス、続きを。
トラビアルス はっ。トリオン様は、まずマウラに向かわれ、そこで冒険者に身をやつされました。

ハルヴァー ああ……。一国の次代を担うお方が、冒険者の真似事とは……。なんと、嘆かわしい。
トラビアルス それから、兵員輸送船を待ってアトルガンへと……。

ハルヴァー なんと!?そんな遠国に?それで?

トラビアルス はい。急いで私も同船に忍び込み、気づかれぬよう、航海中、トリオン様をお守りいたしておりました。

トラビアルス 船は、無事アトルガンの都アルザビに到着。上陸後、トリオン様は傭兵会社に向かわれそこで、ご契約されたようです。

ハルヴァー 契約!?まさか、ご本名ではなかろうな?下手をすると、国際問題に発展しかねんぞ。
トラビアルス それはござりませぬ。現地で、トリオン様は「ライファル」と名乗っておられたのを耳にしましたので。

ハルヴァー では、彼の国の誰にも正体はばれておらぬのだな?
トラビアルス いえ、それはいかがかと……トリオン様は、派手な金色の甲冑を着込まれ、精力的に情報を集めておられました。

がっつりバレてたよ。

ハルヴァー あぁぁぁ。目立っておるではないかっ!
トラビアルス 御意。

ハルヴァーの胃に穴が開いてしまう。

トラビアルス そういえば、この者の顔も、同じ傭兵会社で見かけました……おそれながら、その書状、トリオン様が現地の茶屋でしたためておられた書状に、相違ないかと。

ラーアル トリオン様が、もう少し我らを頼ってくだされば……。もっと、慎重に判断し行動されるべきだと、私は思う。
ハルヴァー ……そのことは、また後で話すこととしよう。

ハルヴァー それよりも、トリオン様がおそらくは、たびたびアトルガンへ向かわれている理由を知ることのほうが先決……今、アトルガンの国情はどうなっているのか?

ラーアル ご安心ください。ずっと後をつけておりましたトラビアルスならば、多くのことを見聞きしておりましょう。
トラビアルス ……承りました。ライファル様……いえ、トリオン様を追跡しつつ、私が見聞きした、事、人、物。すべてをかいつまんで、ご報告いたします。

トラビアルス 彼の国、アトルガンでは、今から4年前、前聖皇ジャルザーンとその正妃がほぼ同時期に崩御されました……。
ハルヴァー 覚えておる。その時は、我が国からも弔問使節を送ったのだ。確か、流行り病であられたな……。

えっ、同時に?

トラビアルス その機を見て、彼の国の西方辺境で従っていた蛮族国は、ここぞとばかりに朝貢を怠り始めました。
ハルヴァー ふん、これだから獣人は信用ならん。

トラビアルス 彼の国の長びく東方諸国との戦は、膠着状態にあるとはいえ予断を許さず、正規軍主力を西方に振り向けることもままならず……

ひんがしとかとも争ってるのね。
東の首都はそちらで手一杯なのか。

トラビアルス そのまま西方辺境を放置するうち、有力蛮族である「マムージャ蕃国」と「ハルブーン傭兵団」が相次いで叛旗を翻し、それに「死者の軍団」という勢力も呼応……。
ラーアル 武でなる我が国でさえ、オーク帝国の駐留軍だけで手を焼いておるのに、なんと三勢力か?いかに大国とはいえ、それは……

トラビアルス はい。ついに昨今は、皇都にまで蛮族の侵攻を許す始末。もはや、都市防壁を修復する余裕さえ、彼の国にはございませぬ……。
ハルヴァー そのような危険な場所に、おひとりで滞在されるとは、いかに武を誇るトリオン様といえど、あってはならぬこと。このような事態を招いた責任を、警護の者に問わねばならんな。

ハルヴァー 神殿騎士団団長を呼んでまいれ!

ハルヴァー クリルラ。トリオン様が度々城を抜け出される件、行き先を、そこの従騎士がつかんだのだ。

クリルラ ……王立騎士団の者ですね。それで、どこへ?
ハルヴァー ……近東の国アトルガンだ。

クリルラ アトルガン……

クリルラ 例の、傭兵キャラバンの国か?
ラーアル ……そうだ。

クリルラ くっ……。道理で神殿騎士がいくら街中を捜索しても見つからなかった訳だ……

街中探しとったんかい。
買い食いでもしてるとか思ってたのかしら。

ハルヴァー クリルラ。前回トリオン様がここを抜け出されたとき、このようなことが二度となきよう注意せよ、と命じたな?
クリルラ はい。面目次第もございませぬ。……私の不徳の致すところです。

ハルヴァー わかっておるようだな。この責任、いずれとってもらうことになろう。
クリルラ ハッ。

クリルラ ハルヴァー殿、1つ質問を……。トリオン様は、何故そのような遠地に行かれていたのでしょうか?かの国に何か思い入れでも……。

ハルヴァー うむ。前聖皇ジャルザーン公がまだ、ご健在であられた折、トリオン様は一度アトルガンをご訪問されたことがあってな。そのときの「事件」が原因のひとつかも……
クリルラ

事件?
あんなに熱心になる原因があったのね。

ハルヴァー いや、今はそのような昔話をしているときではないな。この件、もはや我々だけで判断できる問題ではなさそうだ。急ぎ、国王様とピエージェ様のお耳にも入れねばなるまい。

ハルヴァー ピエージェ様!

ピエージェ 皆そろってどうした?

いや、たまたま通りかかるとかタイミング良すぎだろう。

ピエージェ なるほど兄上らしい……。尊敬されている戦王アシュファーグ公のお言葉「論より走れ」そのままだな。

なんちゅーお言葉や。

ハルヴァー これが、トリオン様が書かれたと思しきその書状にございます。そこに控えるトラビアルスの話によってだいぶ、解読できるようになったかと……

ハルヴァー 解読には少々お時間を要するかと……
ピエージェ それしきの解読作業に、我が国の言語学者をかき集めるまでもあるまい。……貸してみよ。

トリオンにはまず字の練習させた方がいいよ。絶対。

ピエージェ ……フッ。今回だけは、兄上の先走った行動が吉と出たかもしれん……。

あっという間に解読した!

ピエージェ 兄上はこう言っておられる。アトルガンでは、近い将来……

ピエージェ クリスタル大戦に匹敵する争乱がおこる恐れあり。目を離すな……と。

クリスタル大戦に匹敵!?

ラーアル まさか!いったい、あの地で何が起きようと……

ピエージェ ……かの地には、獣人が皇国に攻め寄せる強力な原因が、存在するそうだ。兄上の言葉を、そのまま伝えるので、落ち着いて聞くがよい。

ピエージェ 「……故に、皇都を獣人どもがつけ狙う主たる原因はただひとつ。『魔笛』と呼ばれる宝物である。」

ピエージェ 「魔笛とは、耳に聞こえぬ美しき旋律を奏で、」

ピエージェ 「人、獣人を問わず、辺りにいる者すべてを、底知れぬ霊力で包みこみ、陶然とさせるものであるらしい。」

ピエージェ 「当地では、その音色を乗せた風を『星気の風』と呼び、ありがたがっている……」

底知れぬ霊力で人も獣人も陶然と…。

……あっ。
まさか、魔晶石の類?

いや、魔晶石よりももっと凄そうな何かな気がするな…。

ハルヴァー ……トリオン様のご懸念が、わかって参りました。

ラーアル 私も、同じにございます。
ピエージェ 皆、思うところ同じか……

ピエージェ ハルヴァーよ、急ぎ3国へ使いを出すのだ。至急「臨時四国会談」の開催を要請する、とな。
ハルヴァー 御意。して、場所は?

ピエージェ ……そうだな。ジュノに「オーロラ宮殿」の使用許可を要請してくれ。
ハルヴァー かしこまりました。

クリルラ ……ピエージェ様。トリオン様の件でございますが、いかがいたしましょう。おそれながら、真っ向から城抜けをお諌めしたところで、聞き入れてくださるとは……。
ピエージェ フッ。そうだな。

ピエージェ 一国の継承者に、いつまでも傭兵の真似事をされていては、我が国の沽券にも関わる。……決めたぞ。私から、兄上に書状を書くとしよう。

クリルラ 書状、でございますか?
ピエージェ ……あぁ。私に考えがある。だれぞ、その書状を必ず皇都にて兄上に手渡してもらいたいのだが……

すごく上手く収めそうだ。

ラーアル では、地理に明るいこのトラビアルスに届けさせましょう。
ピエージェ うむ。トラビアルス、頼んだぞ。

トラビアルス はっ、必ず。

ハルヴァー ピエージェ様、ここにおりますりぃは、はるばる近東よりトリオン様の書状を届けた者にございます。
ピエージェ そうか。兄上は軽率のきらいがあるが、人を見る目は確かだ。信頼してよいだろう。

ピエージェ りぃ。遠路旅して疲れておろうが、お前も臨時四国会談に出席してほしい。そこで、お前の見聞したことを報告してもらいたいのだ。期待しているぞ……。
りぃ うん。

実際にアトルガンで活動してて、トリオン王子とあった人の意見は貴重よね。

ハルヴァー 聞いてのとおりだ。りぃよ。我らは急ぎ開催準備を進める故……準備が整い次第、おまえは先に出立し、ジュノへ向かうがよい。
りぃ うん。わかった。

ハルヴァー まさか、な……。私の杞憂であればよいが……。

過去の「事件」のことかしら。
トリオン王子に何があったんだろう。