おっかしいなあ。もうとっくに帰ってきてもいい時間なんだがなあ……
ん?誰かの帰りが遅いのかしら。
おっ、あんた冒険者かい?あのよう…俺の嫁さん、見なかったか?食材探しに行ったっきり、帰ってこねえんだ。
えっ…。皆目見当もつきません。
知らない人なのにそんなん聞かれても!
…ったくあいつ、どこ行っちまったんだ…?
たたでさえ、あんまり体、丈夫な方じゃねえのによ…。それともまたあのごうつく婆さんにつかまって、小言でも聞かされてるのかな。
小言って何日も聞かされるわけでもないだろうし、帰ってこないって言ってもせいぜい半日くらい?嫁さんってことは大人なんだろうし、いくらなんでも心配しすぎなのでは。
あっ、そうだ、あんた…!もし良かったら、あいつを捜すの、手伝ってもらえねえかなあ。
わかったよ。
本当に小言聞かされてるんなら逃げる手伝いしてあげたいね。
アリサってんだ。色白で、金髪のショートカットの美人さ!頼むぜ。俺もそこらへん捜してみっからよう!
…。
後ろにいるのは娘さんかな。
お父さんはこんなに焦ってるのに、娘は慌てず黙ったまま…。
大げさなお父さんに呆れてるのかしら。
どうやらこの人が知ってるらしいー。
アリサさんいないから、小言は聞かされてなかったのね。
え、アリサさんだって…?あんた、何言ってんだい?アリサさんは半月前、事故で亡くなっちまったじゃないか。
えっ!?亡くなった…?今、旦那さんが…。
えっ、旦那のザックが捜して…?
どういうことよ??
そうかい、気の毒にねえ…あまりに突然、逝っちまったもんだから、きっと受け入れるのがつらいんだねえ…あれは本当に、不運な事故だったからねえ……
ああ…。
めちゃくちゃ好きみたいだし…。
アリサさん、確かまだ小さい娘さんがいてね。エニュちゃんだったかしら…その子も、つらいだろうねえ…
お母さんが突然死んじゃって、お父さんがあんな状態で…。
ああ、なんてこと…。
あんなかわいい娘のいる母親が亡くなって、身寄りもない、私みたいなごうつく婆さんが生き残るなんて、嫌な世の中だよ、全く…。
なに言ってんの。優しいじゃない。でもそう思うなら、エニュちゃんの世話焼いてあげてよ。
しかし、いかに辛かろうとも、今生きてる娘のために現実を見てもらわなければ。
パパに何を言っても聞かないわ。
!
ママがしんじゃってから、パパのこころはこわれちゃったんだもん。
ああ…。
まだ小さいって言ってたから、せいぜい6歳くらいだろうに。
こんなに早く精神的に成長しないといけなかったなんて…。
いや、マチルダの息子のアルドのあの姿で4歳って言ってたから、ヴァナの子どもの年齢はまったく分かんねぇや…。
パパはママのこと、すごく大好きだったから……
ねえ、冒険者さんでしょ?わたしのお願い、聞いてくれないかなあ。
うん。どんなお願い?
わたし、パパを元気にしたいんだ。だから、星のかけらをさがしてるの。
星のかけらとな。
星のかけらっていうのは、ひみつのたからものなんだって。 星のかけらを、星のいっぱい出てる、きらきらしたお空に向かってさし出すの。
ふむふむ。
そうするとね、その夜のあいだだけ、何でもお願いを叶えてくれるんだって!
そんなことが!?
すごいでしょ。わたしご本で読んだのよ。本当なんだから!
本?
子どもが読める本にそんなすごいことが?
…もしかして、絵本のおとぎ話…?
冒険者さん、お願い!星のかけらを、見つけてきて!星のかけらはね、ひみつのいしなの。みなみの島の大きな森の樹の中にかくれてるんだって。
妙に具体的!
もしかして本当の可能性?
わかった。取ってくるよ。待っててね。
と、その前に。
一度、他人から事実を伝えてみるのもいいかもしれない。
なんだって!?アリサがもう死んでるだと!?
うん。
おめえ、何縁起悪いこと言ってんだよ。冗談もほどほどにしねえといい加減怒るぜ。確かにあいつは朝、かごと手ぶくろを持って、家をでてったんだ。すぐ帰る、って言ってよお。
完全に時間を止めてる。
うーん、この状態で半月。
まだ止まってるこの状態でなんとかしないと。
こういう時はお医者さん…。
お医者さん?
あれ?ヴァナにお医者さんってモンブロー先生以外にいる?
そもそもモンブロー先生って何科の専門なんだろう。
…全部?全部診てる可能性が高いな!!
この後に別の用事でユタンガ大森林通りかかった時に星のかけらを手に入れたから、エニュちゃんに持っていくぞー。
星のかけら、見つかったの!?ほんとうに!?すごいすごい!
はい、どうぞ。
わあ、どうもありがとう!!ママに、パパのとこへ会いにきてもらうの!
自分もお母さんに会いたくて仕方がないだろうに、お父さんのために…。なんていい子や…。
星のかけらさん、お願いです、ひとばんだけ、ママを帰してください。パパとママを会わせてください。
お星さま、願いをかなえて!!
……。
……。
うそ……なんで、なんにもおこらないの?
…。
こら、エニュ。何やってんだ?そんなに身を乗り出して、危ねえじゃねえか。
あ、ちゃんと娘の事目に入ってたんだ。
よかった。
パパ…
天国から、ママに来てもらえるように、パパが、ママに会えるようにお願いしたのに…
言い伝え、うそだったみたいなの!お星さま、お願いを叶えてくれないよ…
アリサが…天国に?何言ってんだ、エニュ…。アリサは朝、かごと手ぶくろ持って、すぐに帰ってくるって…
かご…?あいつ、何を採りに行ったんだ…?いつ、家を出たんだっけ…。…頭が痛てえ…思い出せねえ…、あいつはあれからどうなったんだ?
あっ、変化が…。
…草原?ああ、岬の草原に行ったんだ…!
…そうだ、そこであいつ、食材を採りに行った先から、なかなか戻らねえから…
…俺はあいつを探しに行ったんだ…!!
パパ…!!
思い出した!!
そしたら…あいつは崖になってる岬の草原で、食材を無心に採っていて…俺が声をかけようとしたその時、足を滑らせて…
あいつは…崖から…
…………。
崖から落ちたんだ…
目の前で奥さんが転落…。
俺はその場に居ながら、あいつを救ってやることができなかった…!!バランスを崩したあいつの体が、遥か下の景色へ吸い込まれていくのを…俺はただ、見ていることしか…
いやそんなの助けるの、スーパーサイヤ人とかじゃないと無理でしょ。
…………。そうだ、死んじまったんだ…俺が、見殺しにしたのも同然だ…俺は今まで…ずっとその事を忘れてたのか…
手が届かない所で落ちたんでしょう?
声をかける前だから、びっくりして滑ったわけでもないし。
見殺しじゃないよね。自分を責めすぎだわ…。
いや、忘れてたんじゃねえ。分かってた、分かってたのによう…
あいつが死んじまったこと…認めたくなかった…
パパ、思い出したんだね!いままでのこと、ママのこと…
ああ。あいつが急に死んじまって、俺がお前を支えてやんなきゃなんねえのに、おまえに世話かけちまった…。エニュ、ふがいない父親を…俺を、許してくれ…。
パパ、わたしも、ママに会わせてあげられなくって、ごめんね。
いやぁ、立ち直れてよかった。
ばか、おめえ、何言ってんだよ。父ちゃんは、もう大丈夫なんだぞ。それに…
それに、星に願わなくたってなあ、母さんは…アリサは、ここにいる。
……?
俺の、胸の中に。ちゃんといる。おまえの中にも…いるだろ?
!!
うん!
あっ…!
よかったね。
一番つらかったよね。
ずっと心配で見てたのか、
もしかして、エニュの願いが星に届いて会いに来ることができたのかな。
あんたにはすっかり世話になっちまったみてえだな。
いいんじゃよ。
これからはしっかりとこいつを支えていくつもりだ。天国のあいつに、笑われねえようにな!!
星のかけらは、きっと本当のお願いをかなえてくれたんだね!
エニュがとっても頑張ったからだよ。えらかったね。
いやぁ、お父さんがアヤメの父親みたいなダメ男じゃなくてよかった。
本当によかった…。