はるか昔、アンティカの軍勢に追われたガルカの民が、クォン大陸に脱出する際に通ったとされる海底洞窟で、西アルテパ砂漠からヴォルボー半島に抜けることができた。ただし、当時このルートをたどったガルカの部族は、途中、流砂の道をたどって先回りしたアンティカ兵に、先頭の子供や老人が襲われてしまい、コロロカの洞門の惨劇を上回るおびただしい犠牲者を出した。 一説によると、ガルカが発見したと思っていたこの洞門は、トンネル掘りの得意なアンティカが予め用意していたもので、屈強なガルカがしんがりを担うことまで見越して、巧みに誘導したらしい。